アルコール性小脳変性症とは?小脳の萎縮パターンと臨床症状を解説

小脳失調

今回は日常臨床でみかけるけれども本当にそうなの?といっていいアルコール性小脳変性症について取り上げていきたいと思います。

Yokota O, Tsuchiya K, Terada S, Ishizu H, Nakashima H. Alcoholic cerebellar degeneration: A clinicopathological study of six Japanese autopsy cases and proposed potential progression pattern in the cerebellar lesion. Neuropathology. 2007;27(2):99–113. doi:10.1111/j.1440-1789.2006.00748.x

まずは、臨床的特徴と小脳の萎縮について、剖検診断例をもとにみていきます。日本人6名(3名無症候性、3名症候性)のアルコール性小脳変性症Alcoholic cerebellar degeneration (ACD)の剖検症例からみた、小脳変性の進行過程に関する文献です。

症例性別死亡時年齢飲酒期間飲酒量
(g/日)
神経症状の内容(要約)
Case 1男性51歳23年約110 g下肢の著明な小脳性運動失調(分解運動、測定障害、筋緊張低下)、歩行不能、軽度の上肢症状(企図振戦)、軽度の眼振と断綴言語
Case 2男性86歳不明不明下肢の小脳性運動失調、歩行不安定(介助歩行)、上肢には明らかな障害なし
Case 3男性62歳18年約290 g61歳から歩行不安定、転倒多発、下肢の小脳性運動失調、構音障害(dysarthria)
Case 4男性59歳31年不明意識障害・記憶障害あり、小脳症状なし
Case 5男性54歳34年約140 g認知症状あり、小脳症状は軽度(軽度の企図振戦・筋緊張低下)のみ
Case 6男性47歳13年約250 g外傷後入院、歩行正常、小脳症状なし

以下に各症例の小脳の剖検所見の記載をまとめています。

症例Main atrophic regions
Case 1 (症候性)Lingula, Central lobule, Culmen, Declive, Anterior lobe, Simple lobule, Ansiform lobule, Dorsal paraflocculus, Anterior inferior vermis (e.g., nodulus, uvula)
Case 2 (症候性)Lingula, Central lobule, Culmen, Declive, Anterior lobe, Simple lobule, Posterior vermis (folium, pyramis, uvula), Extensive involvement of anterior and inferior cerebellar hemisphere
Case 3 (症候性)Declive (severe), Lingula, Central lobule, Culmen, Anterior lobe, Simple lobule, Folium, Ansiform lobule, Dorsal paraflocculus, Nodulus (mild)
Case 4 (無症候性)Culmen (severe), Lingula, Central lobule, Declive, Folium, Anterior lobe (moderate), Posterior vermis (mild)
Case 5 (無症候性)Lingula, Central lobule, Culmen, Declive, Folium, Simple lobule, Anterior lobe (moderate), Anterior inferior hemisphere (mild–moderate)
Case 6 (無症候性)Lingula, Central lobule, Culmen (moderate), Declive and posterior vermis (mild), Hemisphere not affected

上記所見から、ACDにおける小脳変性の進行パターンについて下記のようにDisucussionで記載されています。

ステージ主に障害される部位重症度備考
1前上部虫部:舌状葉、中心小葉 / Lingula, Central lobule軽度〜中等度最初に変性が始まる部位
2山頂、山腹、虫部葉 / Culmen, Declive, Folium中等度〜高度虫部の後方へ進展
前上半球:前葉、単葉 / Anterior lobe, Simple lobule中等度症候出現に関与
3前下半球:片葉と背側傍片葉 / Flocculus, Dorsal paraflocculus中等度症状が顕在化しやすくなる段階
4後部虫部・半球(虫部錐体、虫部垂など) / Pyramis, Uvula etc.可変重症例で拡大する

まとめ:ACDでは無症候性の段階で、小舌lingula、中心小葉central lobule の萎縮が始まり、山頂Culmen, 山腹Declive, 虫部葉Foliumへ拡大し隣接する上小脳半球の前部(前葉anterior lobeと単純小葉 simple lobule)に病変が拡がり、下小脳半球の前部(片葉 flocculusと背側傍片葉dorsal paraflocculus)が障害されます。臨床的に明らかな小脳失調は、上部虫部に加えて、上部および下部小脳半球の前方部が障害されたときに出現する可能性があると考えられています。

Li; lingula, Ce; Central lobule, Cu; Culmen, De; Declive, Fo; Folium of vermis, Ant lobe; Anterior lobe of hemisphere, QuP; Quadrangular lobule, posterior portion, F; Flocculus,

Fitzpatrick LE, Jackson M, Crowe SF. Characterization of cerebellar ataxia in chronic alcoholics using the International Cooperative Ataxia Rating Scale (ICARS). Alcohol Clin Exp Res. 2012;36(11):1942–1951. doi: 10.1111/j.1530-0277.2012.01821.x

アルコール依存症者に対して、、ICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale)で失調の重症度を測定(姿勢・歩行 34点、四肢運動 52点、発話 8点、眼球運動 6点)して検討した報告です。

ICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale)は姿勢・歩行、四肢運動、発話、眼球運動の4領域から100点満点で失調を定量化できるスケールとなっています。

対象:アルコール依存症者49名(男性35、女性14)と健常対照29名(男性16、女性13)。

項目アルコール群(平均±SD)対照群(平均±SD)p値
ICARS 総スコア19.67 ± 12.204.07 ± 2.19< 0.001
姿勢・歩行 (Posture and gait)5.00 ± 4.502.00 ± 2.00< 0.001
四肢運動 (Kinetic)10.55 ± 7.541.76 ± 1.94< 0.001
発話障害 (Speech)2.45 ± 1.390.34 ± 0.48< 0.001
眼球運動 (Oculomotor)0.00 ± 1.000.00 ± 0.00< 0.001

ICARSのすべての項目で有意差がついています。

ICARSサブスケール中央値(%)四分位範囲(IQR)スコア範囲
姿勢・歩行(Posture and gait)14.71%19.51%0–52.94
下肢運動(Kinetic—lower limb)25.00%43.75%0–75.00
上肢運動(Kinetic—upper limb)13.89%19.44%0–50.00
発話障害(Speech)37.50%25.00%0–62.50
眼球運動(Oculomotor)0.00%16.67%0–100

アルコール群におけるICARSの各サブスケール得点は、スケールごとの最大得点に対する割合(%)として正規化し、比較すると、発話障害(37.5%)と高いこと眼球運動障害が最も軽度であることがわかります。また下肢の運動障害も多くみられています。

また、飲酒量、飲酒期間とICARSの検討もされていますが、重飲酒年数(Years heavy drinking)ICARSスコアの強い正相関を認めている結果でした:重飲酒年数(r=0.602)、年齢(r=0.595)、生涯摂取量(r=0.481)、禁酒期間(r=-0.500)、性別(r=-0.540)

*「重飲酒年数」とは、 連続していなくてもよいが、1週間あたり一定量以上の飲酒をしていた年数の合計;この研究のアルコール群の「重飲酒年数」の平均は:26.81年(±10.64)となっています。

まとめ:考察では、ICARSのICARSの発話スケールは8点満点中2項目しかないため、1点の加点でも得点率が高くなる構造があることを指摘、わずかな構音障害があるだけで全体に対する比率が過大に出る可能性があることが述べられています。神経症候としては、眼球運動の障害は最も軽度で、下肢>発話>上肢>眼球の順で障害される傾向があり,上記文献の上部虫部 → 上部半球 → 下部半球(副小葉・小葉)→ 下部虫部の進展を示すパターンとも概ね一致している結果となっています。また病歴聴取としては、「重飲酒年数」>「生涯総摂取量」>「1日最大摂取量」という順でICARSとの相関が強く、量よりも「期間」が重要となっています

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